演劇界のみならず社会に衝撃を与えた『空気』シリーズ最終話『ザ・空気 ver.3 そして彼は去った…』(2021)以来の新作です。『桜の園』『かもめ』などの戯曲で世界的に知られるロシアの作家・チェーホフが24歳の時に書いた長編ミステリー『狩場の悲劇』(1884)をベースに、同作家による他の作品のエッセンスを散りばめ、永井愛独自の視点を盛り込んで新たな劇世界を創造します。帝政ロシアの人間社会をレポートしたチェーホフと、市井の人々の姿に日本社会の時代や様相を投影してきた永井愛の、時間と空間を飛び越えた奇跡のコラボレーションが実現しました。
【愛憎渦巻くミステリーに仕掛けられた驚愕のトリック】
『狩場の悲劇』に登場するのは俗物ばかり。彼らが繰り広げる恋の駆け引きやドンチャン騒ぎ、それに続く陰惨な事件は、抑制の効いたユーモアの漂うチェーホフ戯曲のイメージとはかけ離れています。チェーホフの意外な一面に興味をそそられると同時に、克明な人物描写や鋭い観察眼には、「さすが」と嘆息するほかありません。また、「ミステリーの女王」と呼ばれるアガサ・クリスティが発想するより40年以上も前にチェーホフが考案した驚愕のトリックも注目に値します。演劇ファンのみならず、ミステリーファンの方々にもお楽しみいただける上質のエンターテインメントとなることでしょう。
【現代のロシア、そして日本へとつながる世界観】
知性もルックスも兼ね備えているのに倫理観の欠如した予審判事、権力も財力もあるのに人生の目標が見いだせず、退廃した生活を送る伯爵、若さと美しさはあっても結婚以外に自己実現の手段を持たない娘たち、そして働いても報われない使用人たち――明日への展望が開けず、現状を変えることなど想像もできない人々の絶望は、プーチン支配下の今のロシアに通じます。権力者の腐敗、格差や貧困、女性の地位の低さなどは、日本の観客にとってもおよそ他人事ではないテーマでしょう。また、原作では男性の影にいた女性たちが、永井愛の手によって掘り下げられ、重要度を増した登場人物として活躍することにも期待が膨らみます。
♢あらすじ♢
1880年のロシア。モスクワのある新聞社に、カムイシェフという元予審判事が「狩場の悲劇」という自作の小説を持ち込む。それは、彼が実人生で遭遇した殺人事件を題材にしたもので、オーレンカという森番の娘とカムイシェフ、知人の伯爵、伯爵邸の管理人が四つ巴に絡んだ愛憎劇。
小説を編集長に預けたカムイシェフは、掲載の可否を聞くため、三か月後にまた現れた。「僕の小説には、どんな判決が下されましたか?」
まだ読んでいないと追い返そうとする編集長。だがカムイシェフは勝手に小説を語り始めてしまい―――真夜中の編集室で「狩場の悲劇」が展開される。