5回目となる今回は、総勢60名の抽象作品を展示いたします。4月4日(土)には、アーティストトークやダンスパフォーマンスなどのイベントも行います。ぜひこの機会にご高覧ください。
「表層の冒険」展は、これまで「抽象のアポカリプス」「抽象のミュトロギア」「抽象のバロキムス」「抽象のイコノクリティック」のタイトルのもと、抽象美術の広大な地平をさまざまな視点から展望してきましたが、第五回目にあたる今回の「表層の冒険」展は「抽象のエスカトロジー」の名称を冠して開かれます。
「エスカトロジー(eschatology)」とは、辞書的には「終末論」を意味し、最後の審判、天国と地獄などを扱う神学上の一分野のことですが、ここではこの語をより解釈学的・芸術論的な意味で用いようと思います。「エスカトロジー」の反対語は、ギリシア語「エスカトン(終末・終極)」の対語「アルケー(始原・起源)」に由来する「アルケオロジー(archeology)」です。日本では「アルケオロジー」を「考古学」と訳していますが、これは正確には「始原学」とでも訳されるべき言葉です。事物の始まり、始原・起源を問う学のことです。
芸術作品の「アルケー」を問うことが、一見いかにも学問的な装いを凝らしてなされることがあります。精神分析的、あるいはマルクス主義的な解釈がその典型でしょう。作品の「アルケー」を作家の過去の「傷(トラウマ)」に、あるいは作家の生きていた時代の政治的・経済的な下部構造に求めようとするのです。世の美術論・作家論の多くが、自覚的あるいは無自覚的に面白おかしいアルケオロジックな言説のように見えます。こうした言説は、いずれにせよ作品の意味をなんらかの過去性に求める還元的解釈にもとづいています。
対するにエスカトロジーとは、作品の意味を後方に、過去に還元することなく、前方に、未来に求めようとする基本的姿勢をあらわしています。作品がなんらかの過去性に還元されるとすれば、それは弱い作品です。作品の真の力は、それが前方を見つめさせる、あるいはある見方を強いるところにあるというべきでしょう。見つめさせる彼方に「終末・終極」があるかもしれませんが、それは決して「終焉」ではないはずです。「終末論」は「終焉論」ではありません。
「抽象のエスカトロジー」のコンセプトのもと、作家たちがいかに前方を、彼方を見つめさせてくれるか、今回の大展覧会はそのことを目の当たりに確かめさせてくれる稀有な機会となることでしょう。 (谷川渥)





