春夏号では、琵琶湖から京都へと水を運ぶ「琵琶湖疏水」を特集しています。
明治維新後、京都から東京への遷都に伴い、京都市の人口は35万人から25万人に減少し、都市として深刻な経済衰退に直面しました。第三代京都府知事の北垣 國道(1836~1916)は、京都復興策の要として、琵琶湖・京都・大坂を結ぶ舟運の整備に加え、農業・防火用水、更には工業振興のための動力源としても活用する疏水建設を計画しました。工事主任に当時24歳の田邊 朔郎(1861~1944)、測量主任には36歳の嶋田 道生(1849~1925)が抜擢され、1885(明治18)年に着工しました。竪坑を利用した日本初のトンネル掘削工法などが採用され、延べ400万人の作業員を動員して、1890(明治23)年に「第一疏水」が完成しました。この疏水事業は、都市の再生と近代化を同時に支えた、当時としては画期的な取り組みでした。
1891(明治24)年には、疏水を利用した日本初の一般供給用水力発電所が京都・蹴上(けあげ)に建設され、その電力を利用した日本初の電気鉄道が、1895(明治28)に京都市で開業しました。疏水が流れる南禅寺水路閣や、その水を池に引く岡崎の庭園群は、京都に新たな景観を形成しました。
地下水に代わる飲料水の水源確保を目的に、暗渠として整備された「第二疏水」が1912(明治45)年に完成。その歴史的価値が認められた琵琶湖疏水は、2025年に諸施設が重要文化財に指定され、更に一部が国宝となりました。日本の近代土木工事の象徴として知られる「琵琶湖疏水」は、竣工から130年以上を経た今も市民の生活を支え続けています。
特集では、重要文化財に指定された琵琶湖疏水の関連施設や疏水沿いの風景を、写真家の公文 健太郎氏による撮りおろし写真で紹介しています。また、ハーバード大学デザイン学部大学院の宮城 俊作客員教授には「重なる水系―京都の環境文化を支える風景のインフラ」、京都工芸繊維大学の小野 芳朗前副学長が「未来への水路―琵琶湖疏水」、作家の梨木 香歩氏には「水辺の不可思議」についてご執筆いただきました。更に、(公財)国際湖沼環境委員会科学アドバイザーの中村 正久氏には「琵琶湖について―その歴史と現在」をテーマにお話を伺いました。
トピックスでは、「YKK パッシブタウン第5街区」「北海道庁旧本庁舎(赤れんが庁舎)」をはじめ、計8作品を掲載しています。
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